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入居体験談一覧486

老人ホーム・介護施設の入居体験談の一覧ページです。
男性
症状なし
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:46〜50歳/男性/兄弟・姉妹/要介護3/その他施設に入居していた

ひなげしの家の入居体験談

姉が脳出血で倒れ、リハビリ後も左半身に麻痺が残り、要介護認定を受けることになりました。当時は要介護5の母の介護を父と弟が自宅で行っていたため、2人の要介護者を自宅で見ることは「絶対無理」と判断せざるを得ませんでした。施設探しは、姉が倒れた直後から病院の地域連携室とケアマネジャーを通して進め、病院の提携先の中から空きがあり、家族が住む場所からも近すぎず遠すぎない場所ということで、現在のひなげしの家に決めました。
取材日:2025/11/29
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
糖尿病・インスリン
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/自立/自宅にいた(同居)

エイジ・ガーデン北加賀屋の入居体験談

施設探しを本格的に始めるきっかけは、2019年の年末に起こりました 。 母をベッドから起こす際、私が腰を痛めてしまったのです 。その結果、私自身が動けなくなり、自宅での介護継続が物理的に不可能になってしまいました 。 母の排泄に関する問題は、特に私にとって大きな精神的負担となっていました 。漏らしてしまう回数が増えることで、私自身がイライラしてしまうこともあり、母との関係性も悪くなり始めていたのです 。 「このままではいけない」「私ではもう介護ができない」と限界を感じたため、妹に相談し、専門家のいる施設に頼ることを決めました 。
取材日:2025/11/29
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

グループホーム ふぁいと芹が谷の入居体験談

デイサービス利用中に救急搬送された際、病院で脳梗塞が発覚し、入院することになりました。幸い後遺症はありませんでしたが、病院側から自宅への退院は難しいという判断が下されました。 そのため、入院中に施設入居を検討し、入居先が決まり次第、病院から直接施設へ移るという流れで話を進めました。弟がちょうどふぁいと芹が谷という新しい施設を見つけ、「ここが良いのではないか」と提案してくれたのです。特養への入居は順番待ちが長かったため、他の施設とは比較せず、オープンしたばかりで入居がスムーズに決まるふぁいと芹が谷への入居を決めました。
取材日:2025/11/29
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要支援1/自宅にいた(独居)

ココファンレジデンスサザンブルー鹿児島の入居体験談

父が亡くなってから約8年間、母は一人暮らしを続けていました。私と弟の二人で、週に1回交代で泊まりに行き、母の生活をサポートしていましたが、年とともに衰えが見え始め、特に寒くなる時期になると、一人でいる母の安全が心配になりました。私たち兄弟にとっても、仕事や生活と介護を両立することが精神的にも大変だったため、このまま一人暮らしを続けるのは厳しいと感じたことが、施設を検討し始めた最大のきっかけです。
取材日:2025/11/29
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
歩行器
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/祖父母/要介護2/自宅にいた(同居)

サンシティ柏の入居体験談

入居前の祖母は、私たち家族と同居していました。祖母の認知症の症状が進行し、「家では無理」という状況になったことが、施設探しを始めた大きなきっかけでした。
取材日:2025/11/29
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

アネシス寺田町の入居体験談

施設を探し始めたのは、母が自宅で転倒して入院したのが直接的なきっかけです。実は、転倒は今回で3回目だったんですよ。以前から日常的にケアしてもらえるところに預けたいという気持ちが家族にはありました。入院当初はリハビリを兼ねてという話でしたが、私自身は長期の入居になるだろうと思っていました。病院の方から施設を紹介してもらい、妹が3つの候補を見学してくれました。
取材日:2025/11/27
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/自立/自宅にいた(独居)

そんぽの家S東伏見の入居体験談

私も弟も広島に帰るつもりはなく、母を東京の近くに呼びたいという気持ちがずっとありました。父が健在だった頃から、いつか東京に来てもらうための話し合いを重ねていました。父の病気が見つかった際は、私たち家族が広島へ移住することも検討しましたが、夫の仕事の関係で難しく、東京で両親を呼ぶ方が良いという結論になりました。その後、父が急逝してしまったため、母が1人になったことで、私たち家族は母を東京に呼ぶことを本格的に考え始めました。 母は家を守らなきゃと思っていたので、「お墓を東京に持てば、母もこちらに来る気持ちになるだろう」と考え、約10年かけて東京でお墓を見つけ、そこを「拠点」とすることで、母も「東京に来なければならない」という気持ちになってくれたようです。 施設検討の条件は、「私と同居しない」ことと、「私が通いやすい範囲」にあることでした。母は昔、孫を見に東京に来ていましたが、父がいないと遠慮なく喧嘩もしてしまうため、家族と気を遣い合わないよう、同居しないで通える範囲を探しました。
取材日:2025/11/27
執筆者:岸川京子
女性
せん妄
手引/伝い歩き
がん・末期癌
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

プレザングラン岡本の入居体験談

圧迫骨折で入院したことがきっかけです。入院中に、このままでは自宅での一人暮らしはもう無理だと確信し、施設を探し始めました。
取材日:2025/11/27
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
糖尿病・インスリン
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

エイジフリーハウス枚方津田の入居体験談

母は元々、自宅で一人暮らしをしていました。90歳でしたが、多少物忘れがあるかなといった状況でした。 施設探しを始めたのは、母が自宅の2階から落ちて入院したことがきっかけです。退院する際、医師から「2階の家はだめだ」と告げられ、慌てて施設を探し始めました。
取材日:2025/11/20
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

サンケアレーベン岸和田の入居体験談

自宅で父親が急に具合を悪くして救急搬送されたのがきっかけです。それまでは私と父親の2人暮らしでしたが、高齢ということもあり、自宅に戻っても生活するのは難しいだろうという状況でした。私自身、会社勤めをしているため、自宅での介護に割ける時間がなく、目が行き届かないというのも大きな理由でした。 特に、デイサービスやヘルパーさんを利用していた時期は、大変なことが多くて。1時間程度は父のそばにいることができても、ずっと付きっきりになることはできません。ヘルパーさんやデイサービスの方が、少しのことでも時間を構わず連絡してきて、その都度対応に追われるのが本当に心身ともに辛かったです。 「ここに傷がある」「ここがどうだ」と、細かなことまでいちいち電話がかかってくるたびに、仕事中でも対応しなければならず、正直、心身ともにまいってしまいました。こちらは仕事をしているのに、そこまで頻繁に連絡が来ると、かえって迷惑だと感じるほどでした。これが施設への入居を考える大きな原因の一つになったのは確かです。
取材日:2025/11/19
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
糖尿病・インスリン
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

福寿よこはま都筑佐江戸町の入居体験談

母の介護中に、私自身が病気で手術を受けることになり、体力的に母の介護を続けるのが難しくなってしまいました。特に心配だったのは転倒のリスクです。以前、デイサービスから帰宅した際に家の前で転んでしまったことがあり、母は転倒しても隠そうとする傾向があったので、私が仕事で家にいない間に何かあっても気づけないという不安が常にありました。手術後は、体力的に自力で母を起こし上げたり、入浴介助をしたりといったことができなくなってしまったのです。 「このままでは母の安全が守れない。そして、私自身も共倒れになってしまうかもしれない」という危機感から、施設への入居を決断しました。まだ母が自分で動ける元気なうちに施設を探し、入居することが私たち家族にとって最善だと考えたんです。
取材日:2025/11/16
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
内臓疾患
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

リブナス春日井の入居体験談

それまで私は両親と同居していましたが、父と母がほぼ同時期に体調を崩したことが、施設探しを始めた直接のきっかけでした。特に母は肝機能が低下しており、特定の薬の投与が必要な状態でした。母は入居前に入院していましたが、退院後も医療的なケアを継続して受けられる場所が必要になったのです。父も93歳で要介護1、認知症の傾向も見え始めていたため、夫婦一緒に専門的なケアを受けられる施設を探すことにしました。
取材日:2025/11/13
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

湘南ふれあいの園小田原の入居体験談

施設を探し始めた一番のきっかけは、母の認知症が進行したことでした。特に、夜間の失禁や排泄介助が自宅では難しくなってきたため、自宅での生活を維持するのが限界だと感じたんです。地域包括支援センターに相談し、紹介されたのが「湘南ふれあいの園 小田原」でした。「今、空きがある」という状況もあって、他の施設と細かく比較検討するよりは、2〜3ヶ月程度のやり取りを経て、ここに決めました。
取材日:2025/11/13
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
歩行器
症状なし
入居者:76〜80歳/男性/その他親族/要介護2/自宅にいた(独居)

SOMPOケア ラヴィーレ川口安行の入居体験談

施設探しを始めたのは、安全面での心配からです。一つは認知症の症状から深夜徘徊があったこと。もう一つは、一人暮らし中にガラスを割って怪我をしてしまうということが何度かあったんです。警察の方からも連絡が来るようになり、親族で話し合って、「もう一人暮らしをさせるのはさすがに不安だ」ということになり、施設を探し始めました。
取材日:2025/11/12
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/その他施設に入居していた

ハピネス憩の里の入居体験談

施設探しを始めたきっかけは、まさに前の施設での体調不良でした。とにかく、母が健康を取り戻せる場所を見つけたいという一心でした。実は、最終的に入居を決めた「まあま妹」にたどり着く前は、別の施設でほぼ契約まで話が進んでいたんです。見学に行った施設の中で、「金額的な条件に合う施設を紹介できる」という話があり、いくつもの施設を検討しました。 最終的にこの「まあま妹」の施設は、当初決まりかけていた施設とはまた別に、紹介で検討したうちの一つでした。 しかし、この施設から提案された条件が、私たち家族の状況にあまりにも合致していたんです。身体的なサポートはもちろん、金銭的な負担、そして日々の生活全般の状況を考慮してくれた内容でした。そこまで手厚く、ありがたい条件を提示してもらえるなら、ここにお願いしよう、と心から思えて、入居を決めました。
取材日:2025/10/30
執筆者:谷口美咲
男性
妄想
歩行器
レビー小体型認知症
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

ナーシング・ヴィラ立川高松1の入居体験談

母の施設探しを始めたのは、今からおよそ1年ほど前でした。きっかけは、母自身の入院です。母は鼻骨と仙骨の骨折で入院しており、病院からは、退院後も一人での生活は厳しいだろうと言われていました。そのため、自宅に戻るのではなく、安全に暮らせる場所を探す必要に迫られたのです。 私がまず施設紹介サービスなどに自ら問い合わせや登録をしたのがスタートでした。施設の紹介担当の方に、費用面をはじめとした私たちの希望や状況を細かく伝えながら相談を進めました。 その中で担当者の方から、現在入居しているナーシング・ヴィラ立川高松を紹介していただき、入居に向けて具体的な検討を始めることになったのです。 最終的に入居先を決める段階では、料金だけでなく、施設自体の清潔感や、実際に働くスタッフの方々の印象など、さまざまな要素を見て判断しました。
取材日:2025/10/06
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

チャーム西宮上ヶ原の入居体験談

背中の痛みを訴えて医療機関を受診したところ、圧迫骨折が見つかり、治療のために3〜4ヶ月間入院することになりました。入院中に骨折の治療は改善したものの、逆に腎臓の機能が悪くなり、内科の治療も並行して受けることに。その入院生活の間に、歩くことは難しくなり、歩行器、車椅子での生活となってしまいました。自宅の玄関が階段で入るところだったため、自宅に戻るのは現実的ではありませんでした。
取材日:2025/11/12
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
がん・末期癌
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

家族の家ひまわり春日部の入居体験談

ある夏の日、私がたまたま休みで家にいた時、父が洗面所付近で倒れているのを見つけました。言葉もあまり喋れない状況で、救急車を呼んで対応してもらったのですが、この時「本当に今回は自分がいたから良かったけれど、誰もいない時に倒れていたらどうなっていただろう」と感じました。そのまま苦しいまま倒れていたら、命にもかかわってきます。 それで「これはまずいな」と思い、急いで施設を探すことにしました。
取材日:2025/11/12
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

ニチイホーム中野南台の入居体験談

父は私と母の家族3人で暮らしていましたが、認知症の症状が進むにつれて、特にトイレの介助が母にとって大きな負担となっていました。父は要介護2で身体機能は比較的保たれていましたが、認知症が重く、日常生活のサポートが家族だけでは難しくなってきたため、プロの力を借りる必要があるなと施設探しを始めました。
取材日:2025/11/12
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
症状なし
入居者:96〜100歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

ココファン西院の入居体験談

ケアマネージャーや訪問看護師から「そろそろ一人暮らしは限界」と強く進言されたこと、そして火事などの事故が起こらないうちに安全な場所に移ってもらいたいという家族の思いがきっかけでした。本人を説得するのに1年近くかかりましたが、最終的に母自身も「もう自分ではダメだ」と感じて決断しました。
取材日:2025/11/12
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
手引/伝い歩き
アルツハイマー型認知症
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

すこやかホーム はる風の入居体験談

施設を探すきっかけは、まず病院で認知症の診断を受けたことです。診断後に包括支援センターの方に連絡がいき、センターの方が母の様子を見に来てくれました。その際、包括支援センターの方から「このご様子だと、やっぱり一人になるよりは施設の方がいいんじゃないか」というアドバイスがあり、施設探しを始めることになりました。
取材日:2025/11/08
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
アルツハイマー型認知症
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/老健に入居していた

グッドタイム リビング 千葉みなと/海岸通の入居体験談

罪悪感は本当にあります。入居を決める時から感じていましたが、それは今も変わりません。 施設選びは本当に難しいものだと痛感しています。どんな施設を選んだとしても、入居された方が「家に帰りたい」とおっしゃることはあると思います。 自宅で過ごすことが難しい環境だから施設にお願いしている、という事情はあっても、やはり「ここで我慢してね」とお願いしているような気持ちになってしまうことはありますね。
取材日:2025/11/07
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
寝たきり
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:61〜65歳/男性/配偶者/要介護5/病院に入院していた

ウェルケアテラス氷川台の入居体験談

もともと妻は病院に入院していましたが、退院にあたって施設を探すことになりました。
取材日:2025/11/05
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
見守り
レビー小体型認知症
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ベストライフ本厚木の入居体験談

もともと母は、長崎県で一人で暮らしていました。 施設探しを考え始めた直接のきっかけは、母が転んだことでした。幸い入院には至らなかったのですが、その一件で「もう一人では無理だ」という状態になってしまったんです。周りの方々からも「一人暮らしはもう無理だよ」と言われていました。 ただ、当の本人は「まだ頑張る」と言っていて、施設に入ることに積極的ではありませんでした。しかし、私たち家族から見ると、長崎で一人で頑張り続けるのはちょっと難しいだろうという判断になり、本格的に施設を探し始めました。
取材日:2025/11/02
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

花物語こうなん南の入居体験談

夜、家族が寝ている間に、母が自分で鍵を開けて外に出てしまうようになりました。 家の周りは車があまり入ってこない道だったこともあり、事故にあうこともなく、しばらくは自分で戻ってこれていました。 しかし、ある時、同居していた父が「いない」と気づいて探したところ、外の道で転んで倒れている母を見つけました。すり足になっていたことで、転びやすくもなっていたのだと思います。 もし父が気づかない間に遠くへ行ってしまい、道がわからなくなって行方不明になったら…と思うと、本当に怖くなりました。 これが、本格的に施設への入居を検討し始めたきっかけです。
取材日:2025/11/02
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

花物語たまプラーザの入居体験談

認知症の症状が進んできたためです。同居する1年前にも詐欺に遭いかけたことがあり、服薬管理や鍵の開け閉めも難しくなってきました。ケアマネジャーさんから「認知症だったらグループホームがいいよ」とアドバイスをいただき、もしもの時のために、と探し始めました。
取材日:2025/11/02
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
流動食・嚥下食
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

もみの樹・横浜鶴見の入居体験談

入院はしたものの、このままだと家に帰れない。たとえ帰れたとしても、自宅で介護を続けるのは難しいという状況でした。そこで、退院後の生活の場として、早めに介護施設を探すことを決め、「もみの樹・横浜鶴見」にお世話になることになりました。
取材日:2025/10/30
執筆者:岸川京子
女性
昼夜逆転
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/老健に入居していた

ReHOPE御殿山南館の入居体験談

老健に入所した時から、母がだんだん弱っていくように感じていました。 「このままではいけない」「早くここから出さないと」と、必死の思いで新しい施設を探し始めました。 そう決意してから、今の施設にご縁をいただくまで、約3ヶ月かかりました。
取材日:2025/10/29
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要支援1/自宅にいた(同居)

SOMPOケア ラヴィーレ志木柳瀬川の入居体験談

以前は父と二人で暮らしていましたが、父が亡くなってからはしばらく一人暮らしでした。ただ、介護が必要になり私たち家族と同居を始めたところ、だんだんと時間や日にち、食事をしたかどうかも分からなくなってしまったようで…。この間は転んでしまうこともありました。 私がいない間に何かあっても対応できる人がいない、という状況が不安になり、施設を探し始めました。
取材日:2025/10/27
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
手引/伝い歩き
骨折・骨粗しょう症
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護4/自宅にいた(独居)

花珠の家さがみ中央の入居体験談

老健に入所した当初は、すぐに別の施設に移ることは考えていませんでした。 ただ、ちょうどコロナやインフルエンザが流行していた時期と重なり、老健での面会が本当に厳しく制限されてしまったんです。 このままでは母とほとんど会えない状況が続くため、もう少し面会が緩和される場所はないだろうかと、本格的に施設探しを始めました。
取材日:2025/10/25
執筆者:岸川京子