一番の退去理由は、やはり
施設の過度な管理体制と、それによって生じる自由度の低さでした。父と母は比較的元気で、自分たちでできることも多かったため、制限の多い生活は大きなストレスになっていました。他の入居者との交流も制限され、行動を管理されることに息苦しさを感じていたのです。まるで管理されるための場所にいるようで、両親の生き生きとした表情が失われていくように感じました。
また、
食事の質が非常に低く、日常の楽しみが著しく減ってしまったことも大きな理由です。食事は生活の基本であり、喜びをもたらす大切な要素です。それが毎日同じような、美味しくないものが続くというのは、精神的にも非常に辛いことだったと思います。私自身も、両親のためにスーパーで食べ物を買って届けるたびに、「これで本当に良いのか」という疑問と、施設に対する不信感が募っていきました。
さらに、一部の職員の対応に対する不信感も募りました。特に、救急車を呼ぼうとした際の制止や、
母が会いたくないとまで感じた強引なケアの仕方など、安全面や入居者の意思を尊重しない態度に不安を感じました。介護は信頼関係の上で成り立つものだと考えていたので、このようなエピソードを聞くたびに、この施設に両親を預けていて本当に大丈夫なのか、という疑念が拭えなくなりました。
金額的には安価な施設だったので、ある程度の自由度の低さは仕方ないのかもしれませんが、
「綺麗な牢屋」という表現が両親の気持ちをよく表していると思います。健康な入居者にとっては、この管理の厳しさは耐え難いものでした。両親の表情から活気が失われていくのを見て、私はこのままではいけないと強く感じ、退去を決断しました。
現在、両親は別の施設に転居し、そちらでは自由に外出もでき、元気に過ごしているようです。私もようやく安心することができました。
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