入居前はどのような状況でしたか?
もともと義母は、能登で暮らしていました。あの地震が起きたとき、現地はトイレも使えず、水分も十分に取れないような大変な状況で。年齢のこともあり、このままでは危ないと思い、主人がすぐに迎えに行き、私たちの家で一緒に暮らすことになったんです。
自宅での生活は1年近く続きました。デイサービスにも通ってはいましたが、私自身が週に何日も病院に通う生活を送っていたため、義母に満足なことをしてあげられないという気持ちがありました。それに、慣れない土地での生活という環境の変化も大きかったのか、もともとあった認知症がだんだんと進んでいったように思います。
夜中にふと外へ出ていこうとしたり、私たちがいない間に一人で家の外に出て、お向かいの家の敷地で休んでいたこともありました。真夏の暑い日だったので、真っ赤な顔をしていて、本当にひやりとしました。田舎と違って道もわかりませんし、何かあってからでは遅い。ガスをつけっぱなしにしてしまったことも何度かありました。
家も介護に適した造りではなく、手すりもないので、トイレへ行く途中で転んでしまうこともあり、常に目が離せない状況でした。主人とも相談し、これはもう私たちだけで見ていくのは難しいかもしれない、と感じていました。
施設探しを始めたきっかけは何ですか?
義母の安全を考えると、このまま自宅で介護を続けるのは限界かもしれない、と感じ始めたのがきっかけです。特に、一人で外に出てしまったり、火の不始末があったりしたことで、「とにかく危ない」という気持ちが一番大きくなりました。
そんな時、デイサービスでお世話になっていたケアマネージャーさんから「プロの方にお願いするのは、決して悪いことではないんですよ」という言葉をかけていただいたんです。その一言に背中を押されたような気持ちになり、本格的に施設を探すことを決意しました。主人の兄弟とも話し合い、みんなで納得した上で、義母にとって良い場所を探し始めました。
入居決断時に葛藤や罪悪感はありましたか?
もちろん、できることならこのまま家で見てあげられたら、という気持ちはありました。でも、私自身の通院もありましたし、何より義母の安全を確保できない場面が増えていく中で、だんだんと「このままではきついかな」と感じるようになっていました。ケアマネージャーさんから「プロを頼むのは悪いことではない」と言われた時、少しだけ気持ちが軽くなったのを覚えています。
見学時、施設に対する不安はありましたか?
施設を探すにあたって、いくつか名古屋の方の施設も見学に行きました。正直なところ、あまり良い印象を受けない施設もあって…。ニュースで見るような虐待の話も心配でしたし、見学の際の職員の方の対応がどこか冷たく感じられたり、「お金儲けのためなのかな」と感じてしまったりすることもありました。大切な義母を預けるわけですから、そうした対応を目の当たりにすると、やはり不安な気持ちになりました。