入居前はどのような状況でしたか?
母は一人暮らしをしていましたが、70歳を過ぎた頃から認知症の症状が見られるようになりました。物忘れから始まり、次第に徘徊したり、近所のゴミを集めてきて家がゴミ屋敷のようになってしまったり…。時には暴力的になってしまうこともあり、私自身もどう対応していいかわからなくなっていました。
私は母の家から徒歩10分ほどの場所に住んでいましたが、フルタイムで働いており、兄と妹はそれぞれ千葉と神奈川に住んでいたため、日常的な介護を私一人で担うのは難しい状況でした。在宅での生活が限界に近づいていると感じ、施設探しを始めたのが2007年の春頃です。
半年ほどかけていくつかの施設を検討しましたが、最終的に「ニチイケアセンター我孫子」さんにお世話になることになりました。実は、もともと別の系列施設と合わせて順番待ちをしていたのですが、我孫子さんは待ち時間が長いと聞いていました。ところが、たまたまキャンセルが続いて順番が回ってきたと連絡があり、急遽入居が決まったのです。当時は選択肢が限られており、「空きがあったから」というのが正直な決め手でした。
施設探しを始めたきっかけは何ですか?
入居当初は母もまだ健康で、施設での生活にもうまく馴染んでいたように思います。しかし、16年という長い年月が経つ中で、少しずつ気になる点も出てきました。
特に気になったのは、スタッフの方々の入れ替わりが激しいことでした。入居当初は若いスタッフの方が多かったのですが、徐々に辞めていかれ、気づけば60代のベテランの方が中心になっていました。もちろん経験豊富な方がいるのは心強いのですが、夜勤などもある中で体力的に大丈夫だろうかと心配になることもありました。
また、中には他の職を転々とされてきたのかな、と感じる方もいらっしゃり、少しずつスタッフ全体の質に変化があるように感じていました。
それに伴ってか、母が転倒したり、お風呂で頭をぶつけたりと、怪我をすることが増えてきたのも事実です。救急車で運ばれたことも何度かありました。
また、怪我や発熱といった体調の変化について、こちらから様子を見に行って初めて知るということもあり、もう少しこまめにご連絡をいただけたら、という思いはありました。
入居決断時に葛藤や罪悪感はありましたか?
施設に対しては、正直なところ「もっとこうしてほしかった」という点がいくつもありました。特にスタッフの質の変化や、母の怪我が多かったことについては、家族として不安を感じなかったと言えば嘘になります。
しかし、母は73歳から89歳で亡くなるまで、16年間という本当に長い時間をお世話になりました。要介護1だった母が、最後は要介護5になり、食事も摂れなくなっていくまで、ずっと見守り続けてくれた場所です。
そして、何よりも母が亡くなった時のスタッフの皆さんの姿が忘れられません。たくさんの方が「可愛がっていたから」と涙を流してくださり、朝方に亡くなった母のために、夕方の交代時間まで施設にいさせてくれました。「みんなに会ってほしいから」と。
色々と思うことはありましたが、最後にこんなにも温かく見送っていただけたこと、母のことを思って泣いてくれる人がいたという事実に、家族として本当に救われました。感謝の気持ちでいっぱいです。