入居前はどのような状況でしたか?
当時85歳の叔母は、横浜で一人暮らしをしていました。要介護認定は2を受けており、買い物に行くときは自転車を手押し車のようにして、なんとか歩いているような状態。足元も少しおぼつかなく、見ているこちらが心配になるほどでした。
その頃から、アルツハイマー型認知症の兆候は見え始めていました。久しぶりに家を訪ねると、冷蔵庫の横のゴミ箱になぜか靴が入っていたり、電球が切れているのに交換できず、薄暗い部屋で過ごしていたり。正常ではないな、と感じる場面が増えていきました。
電話での会話もだんだんと噛み合わなくなり、「誰かが携帯電話を勝手にいじっている」と言い出すことも。私たち家族も、遠く離れて暮らしているため、常に様子を見に行くことはできません。「ちゃんとご飯は食べているだろうか」「あの暑い部屋で、エアコンもつけずに過ごしているのではないか」と考えると、本当に涙が出てくるほど悲しく、心配でたまりませんでした。しかし、私たちにも生活があり、叔母を引き取って一緒に住むという選択は、現実的に難しい状況でした。
施設探しを始めたきっかけは何ですか?
施設探しが本格的に始まったのは、本当に突然のことでした。ある暑い日、叔母が熱中症で倒れ、救急搬送されたのです。その入院中の検査で、アルツハイマー型認知症であると正式に診断されました。病院のケアマネージャーさんからは、「もうご自宅での一人暮らしは無理です」とはっきり告げられました。
病院からは退院を促されており、私たちには残された時間がありませんでした。「退院しても行くところがない」という状況の中、そのケアマネージャーさんが「知り合いがいる施設です」と、現在の施設を紹介してくださったのです。まさに、藁にもすがる思いでした。
入居決断時に葛藤や罪悪感はありましたか?
退院日が迫る中、考える時間はほとんどありませんでした。施設のケアマネージャーさんがわざわざ病院まで面談に来てくださり、話はとんとん拍子に進みました。本来であれば、いくつかの施設を見学し、比較検討するのが普通なのかもしれません。しかし、また一から施設を探し、見学に行く時間的な余裕も精神的な余裕も、当時の私たちにはありませんでした。
叔母の独居生活を思うと胸が張り裂けそうになる一方で、施設に入れるという決断が本当に正しいのか、という迷いがなかったわけではありません。ですが、値引きの話をしていただけたこともあり、「もう、ここにお願いしよう」と腹を括りました。退院したら、そのまま施設へ向かう。そう決断するしかありませんでした。
見学時、施設に対する不安はありましたか?
正直なところ、見学をしていないので、施設そのものに対する不安はほとんどありませんでした。ある程度の規模で展開しているチェーンの施設でしたし、どこに入っても、良くも悪くも大きくは変わらないだろうと、ある意味で割り切っていたのかもしれません。それよりも心配だったのは、費用面です。叔母の年金で、これから要介護度が上がっていく可能性のある施設の費用を、きちんと払い続けていけるだろうか。その点だけが、唯一の不安でした。