入居前はどのような状況でしたか?
母は施設に入る前、82歳くらいでした。8年ほど前に大雪の日に転んで大腿骨を骨折してから、認知症の症状が目立つようになりました。要介護認定では、身体的な状態よりも認知症の状態が重く見られて、要介護4という判定を受けていました。
当時は、話の内容が噛み合わなかったり、自分の名前をうまく書けなかったりすることはありましたが、身体はまだ元気で、杖も使わずにゆっくりとではありますが自力で歩けていました。食事も、家族と同じ普通のものを、介助なしで一人で食べることができていたんです。
一時期、怪我で体重が36キロまで落ちたことがありましたが、栄養補助ドリンクなどを活用して、43キロまで体重を戻すことができていました。当時のケアマネージャーさんからも「このくらいなら施設に入っても大丈夫ですよ」と言われていたほどです。
しかし、在宅での介護は日に日に大変になっていきました。特に、認知症が進むにつれて、私たちの言うことを聞いてくれなくなり、火の不始末でボヤ騒ぎを起こしたこともありました。父は介護に全く関心がなく、私が介護のほとんどを背負っている状態でした。
母の病院の付き添いや手続きなどで頻繁に仕事を休まざるを得なくなり、職場に居づらさを感じて、結局仕事を辞めることになりました。介護のストレスで「このままでは自分が潰れてしまう」と追い詰められていましたし、正直なところ、言うことを聞かずに怪我をした母や、協力してくれない父に対して、不満もありました。
施設探しを始めたきっかけは何ですか?
在宅での介護が限界に達したのが、施設探しを始めた直接的なきっかけです。母の要介護度は4から5になり、認知症も進んで、私一人で見るのはもう無理だと感じていました。
もともと特別養護老人ホームに申し込みはしていたのですが、100人待ちという状況で、いつ入れるのか全く見当がつきませんでした。区役所に相談すると、都心から離れた場所なら空きがあるかもしれないと言われましたが、何かあった時に駆けつけたり、着替えや書類を届けたりすることを考えると、あまりに遠い場所は現実的ではありませんでした。
そこで、特養の順番が来るまでの「つなぎ」として、あるいはもう特養は諦めて、民間の施設を探すことにしたのです。紹介会社に相談し、都内は費用が高かったため、自宅から通える範囲で条件に合う施設として、この施設を紹介してもらいました。
入居決断時に葛藤や罪悪感はありましたか?
母を施設に入れるという決断は、本当に辛いものでした。在宅介護に限界を感じていたとはいえ、自分の親を家から出すことへの罪悪感は常にありました。特に、入居からわずか半年で特養の空きが出たことを知った時は、「あと半年、なんとか家で頑張ればよかったのかもしれない」という後悔の念に苛まれました。
施設に入れた後、母の状態が急激に悪化していく姿を目の当たりにして、私の決断が母を不幸にしてしまったのではないかという気持ちが日に日に強くなっていきました。正直に言うと、もっと他に選択肢はなかったのか、もっと頑張れたのではないかと、今でも考えてしまいます。